2010年02月04日

のりピー離婚寸前!?

自称プロサーファー。
一時期、この「自称プロサーファー」をよく耳にしました。
ニュースキャスターが真面目な顔で「自称プロサーファー」と言うと、やけに高相容疑者が滑稽に見えて面白かったです。

最近、このニュースもあんまり聞かなくなりました。
と言うわけで、酒井法子、高相祐一のその後。





夫婦で有罪が確定した元女優の酒井法子と夫で自称プロサーファーの高相祐一。ともに覚せい剤取締法違反で執行猶予付きの判決を受けたが、取り沙汰されていた離婚については、その後の動きが伝わってこない。一体、どうなっているのか。


 法廷で離婚の意向を示していた酒井法子に対し、高相祐一は「更生には家族の存在が不可欠」と拒否姿勢を見せていたことで、判決後は当人たちを交えた離婚協議が始まるとも伝えられていた。しかし、分かっている近況は、酒井法子が大学の通信授業を受けていることぐらいだ。そこで高相祐一と長い付き合いがあるというDJに取材したところ、興味深い証言が飛び出した。


「この正月に高相祐一は『プロのDJになるから協力してくれ。妻を支えるために、俺も一生懸命やる』と話していました。保釈後、彼はしばらく身元引受人だった親がいる実家にいたんですが、口論になって飛び出したとかで......」 

 スキーショップを経営する資産家を親に持つ高相祐一だが、再出発の方向をめぐって親と対立していた様子だという。


「親は経営するスキーショップを手伝わせたいというのに対して、高相祐一本人は『親には頼らず別のことをやりたい』と。僕は高相祐一の支援者のひとりとも親しいんですが、高相祐一の親がその支援者に対して、酒井法子を悪く言ったらしいんですよ。『あのバカ妻のせいで、息子がダメになった』というようなニュアンスで話していたらしく、それを伝え聞いた高相祐一が激怒したようですね」(前同)


 また、このDJが高相祐一と話した感触では「酒井法子とは連絡が取れていない感じだった」というから、継母らの説得で離婚の意思を強く固めているとされる酒井法子との距離は遠いままなのだろう。DJの証言が事実だとすれば、高相祐一の両親までもが復縁に反対していることになり、高相祐一ひとりが復縁に必死という状況が伺える。


 ただ、復縁するなら、しっかりした生活基盤が必要だが、DJを仕事に選択する呑気な高相祐一には、この友人DJも呆れ顔だ。


「まるで自分が一流の腕前でもあるかのように、全国ツアーをしたいって言ってましたけど、彼のDJは趣味レベルで、それで妻子を養える力はないですよ」(前同)


 高相祐一を昔から知る知人によれば、中学生の頃から1万円札を束にして持ち歩き、高校にはタクシーで通学していたというドラ息子。酒井法子と結婚後もほとんど経済力はなかったとも伝えられるだけに、前途は多難だ。こうしている間にも、妻・酒井法子の方は着々と芸能活動の再開を目指しているというから、このまま離婚調停となったら、どっちが優位に立つかは明白だろう。
(文=和田修二)
日刊サイゾー




自称プロサーファーの次は自称プロDJですか?
趣味で食べていけるほど、世の中そんなに甘くないですよね。
誰か高相祐一に仕事と趣味の違いを両親に代わってお説教してあげてください。

酒井法子隠された素顔

【容疑者になちゃったの最新記事】
posted by スーザン at 22:21| 容疑者になちゃった | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月02日

西山茉希が「運命の人」との別れ

「運命の人」って聞くと、結婚相手でしょ?



モデルでタレントとしても活躍する西山茉希が「運命の人」と恋愛していた。これはテレビ「メレンゲの気持ち」で彼女の弟からの証言で明るみに出たものだ。

西山茉希は現在、兄と弟と三人暮らしをしている。「できるときはご飯の仕度もしている」という頑張り屋なのだ。学生である弟を応援する意味でも食事を作るのだという。弟はかなりのイケメンで、スタジオの久本雅美らを唸らせた。番組からそんな彼にアンケートをとったところ意外な事実が発覚したのである。

弟の証言によると西山茉希が彼を連れてきたことがあるという。
「『運命の人』と出会った!」
と言って、姉は彼を家族に紹介したのである。

その運命の彼とは現在どうなのか?弟の証言に対して西山茉希はいきさつを語った。

「付き合い出すと、結構長く付き合うタイプなんです」という西山茉希はすぐに彼を家族に紹介するのがパターンだった。この時にはしばらく彼がいなかった後で、『運命の人』に出会ったのだった。それだけに、西山茉希は彼に告白された夜に舞い上がり、喜んで家族に相談した。そして家族と『将来の華やかな未来』を語ったりもしたのである。

ところがなんとこの『運命の人』とは1ヶ月後に破局したのだ。この時ばかりはいつも家族に打ち明ける西山も「別れた報告とか、出来なかった」と話した。

後にも先にも1ヶ月間で別れたのはこの時だけだそうだ。特に浮いた話も無い西山茉希、今のところ、次の『運命の人』とは出会っていないようだ。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)
Techinsight Japan



この記事に取り上げられた西山茉希の
「運命の人」
  ↑ 
この人は「出会って1ヶ月後に別れる人」でしょ?


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posted by スーザン at 22:38| 破局 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月01日

吉川晃司・尾崎豊伝説

吉川晃司、最近よくテレビでよく見かけるようになりましたね。
天地人のおかげで。
そんな吉川晃司と尾崎豊の伝説。



吉川晃司は1984年にデビュー曲「モニカ」が大ヒットし、その後もヒット曲が相次いだ。布袋寅泰とCOMPLEXを結成してロッカーとしての位置も築いた彼だが、しばらく目だった活動がなかった。
しかし、2009年に大河ドラマ「天地人」で織田信長を演じて露出が増えだしたのだ。その吉川晃司が福岡のテレビ番組「ナイトシャッフル」(FBS)に数十分間に渡り出演した。彼はそこで「吉川晃司伝説」とされる噂について真相を話したのである。今回はその中から「尾崎豊とのエピソード」について紹介しよう。

ロック歌手尾崎豊がデビューしたのは1983年である。
デビューシングルは「15の夜」、アルバムは「十七歳の地図」だった。
彼が活動した期間は1983年から1992年に亡くなるまでとなる。

吉川晃司とはデビューがほぼ同時期なのだ。
吉川晃司と尾崎豊は飲み友達でよく二人で飲み歩いたという。

「尾崎豊とかね、良く一緒に飲んでくれたよね」
と吉川晃司は彼との伝説について話した。
ある日、吉川晃司と尾崎豊はミュージシャン仲間がいつも集まる店に行った。
そこで明け方まで飲みまくったのである。

その店を出るとすぐ前にバス停があってその横がゴミ捨て場だった。
二人は肩を抱き合いながらバス停のところまで歩いた。
その日はいつもより酔っ払っていたようだ
「ゴミ袋のひんやりした感触が気持ちよかったんだろうね」
「酔っ払って尾崎豊とゴミ袋の上で寝てたんだよ」
と吉川晃司は懐かしそうに話すのだった。

そして、バス通学する女子高生から声をかけられたという
その女子高生は
「かっこ悪いから、起きたほうがいいですよ」
と二人をたしなめるように起こしたのだった。
『かっこ悪いから・・』と言うからには
女子高生には二人が人気歌手の吉川晃司と尾崎豊だと分かっていたのだ。
彼女の中では随分イメージがくずれてしまったに違いない。

最後に吉川晃司は
「大体、いつもそのパターンだったね」
と話していた。
どうも、その女子高生も二人を起こすのは慣れていたようだ。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)
Techinsight Japan


伝説って聞き、すぐに思い出したのが社内のダメ社員N氏。
うちの会社は精密部品の製造業。
量産された製品に、穴の小さい不良品が混ざり、それをピンゲージ(正確な穴の大きさを測る測定器)で一個ずつ確かめていく作業をしていたときのこと。
製品に規定の大きさの穴が開いていることを確かめるためにしているはずなのに、なぜかそのピンゲージを全部に製品に入るように小さく削って作業をしていた。
こうして「N氏のピンゲージ伝説」が社内で語り継がれるようになりました。
彼は現在、雑用係として活躍中。

伝説って「とんでもないこと」をするとできちゃうものなんですね。


マイケル・ジャクソン伝説の軌跡


posted by スーザン at 00:10| 実は○○だった! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする